2021年12月20日、メディアアーティストの落合陽一氏、脳科学者の茂木健一郎氏、日本ディープラーニング協会の野口竜司氏をお迎えして、NEXT ACTION of Marketes. vol.03「AI×マーケティング進化論 〜パーソナライゼーションの限界とセレンディピティへの挑戦〜」を開催しました。技術革新が目覚ましいマーケティングテクノロジーにおいて、人工知能が果たすべき役割とは何か。AIの今後の進化の道筋について、専門家のさまざまな視点から考察しました。
■開催概要
開催期日:2021年12月20日(月)18:00-19:00
参加費:無料
視聴形式:zoomオンラインセミナー(事前登録制)
■出演者
・茂木健一郎 脳科学者(awoo Japan株式会社 特別アドバイザー )
・落合陽一 メディアアーティスト
・野口竜司 日本ディープラーニング協会
・吉澤和之 awoo Japan 日本事業開発責任者 執行役員
コンテンツ
AIの現在地の整理
冒頭、野口氏より「AI活用の8分類」についての説明が行われました。
AIといってもその領域は広く、8つのタイプに分類されます。
識別系AI
・識別系AI×代行系 大量情報からの自動識別 ・識別系AI×拡張系 人間では区別不能な事象の発見
予測系AI
・予測系AI×代行系 異常値の検出 ・予測系AI×拡張系 高精度な予測
会話系AI
・会話系AI×代行系 チャットボットなどのコミュニケーション代行 ・会話系AI×拡張系 専門的対話・多言語対応
実行系AI
・実行系AI×代行系 自動運転など人間業務全般の代行 ・実行系AI×拡張系 自立型機器の作業制御
実際にはこれらのAIが複合的に交わってサービスが作られており、AIの発展にはクロスモーダル(組み合わせ)によるサービス開発が重要であるという会話がされました。特に、ここ最近では会話系のAIが目覚ましい発展を遂げているようです。例えばオープンAIによって開発されたGPT-3(高精度な自動文章生成ツール)を使うと、大学の論文も20分程度で評価の高いものが作れてしまうようです。こうした技術革新の背景には、ディープラーニングの環境が充実してきたことと、ビッグデータの民主化によって、昔に比べてAIにかけるコストがはるかに安くなったことなどが挙げられるようです。
レコメンデーションアルゴリズムの課題
AIは普段の日常生活のなかで当たり前のように使われているため、消費者は特段AIを意識する必要がありません。この状態を野口氏は「アルゴられる」(AIによるアルゴリズムがサービスの利便性を高め、消費者はそれを無意識に享受している状態)という風に定義しています。
その代表的な例として、ECサイトなどでよく使われるレコメンデーションの技術があります。買い物をネット上でしていると、自分が閲覧したものから関連商品がレコメンドされることがありますが、消費者は「それが当然あるもの」として受け止めています。こうした状態も「アルゴられている」一つの事例です。
しかし、現在のこうしたレコメンドのアルゴリズムでは、「偶発性が足りないのではないか」という指摘がありました。人は感情で動く生き物です。欲しいものが日によってコロコロと変わる時もあるし、そもそも自分は何が欲しいのか明確ではないこともあります。そうした感情に付き添うには、ターゲティングの精度を強めすぎてもよくないのではないか。もっと、偶発性の強いアルゴリズムが付与できれば、ユーザーにとって好ましい状態を提供できるのではないか、という意見が挙がりました。
マーケティング技術の変遷
話が人工知能の整理からレコメンデーションに移ったため、ここでマーケティング技術の進化の変遷についての整理が行われました。
この図はマーケティングにおける技術革新の変遷をまとめたものになります。
・2000年代 マスマーケティング
デジタルデバイスやビッグデータがまだ発展途上だった頃。個人と行動をデータで繋げる仕組みが少なく、自ずとマスタッチのアプローチしか出来なかった
・2010年代 ターゲティング(属性・性別・閲覧履歴)
レコメンドエンジンの精度も高くなり、デモグラフィックや閲覧履歴によるセグメンテーションが一般化した時代。ラストタッチベースのアプローチが当たり前になった
・2020年代 パーソナライゼーション(個々のアクティビティ・嗜好性)
マーケティングオートメーションに代表される、シナリオ(時系列)ベースのパーソナライゼーションや、よりone to oneに近いターゲティングが可能になった。ただし、Cookie規制に代表される改正個人情報保護法の施行により、ユーザーの心理面、技術課題双方において、ターゲティングのあり方が問われている
・2030年代 エクスペリエンスタッチ
消費者のモーメント(例:購入の瞬間など)を捉えるマーケティングが求められるようになる。また、2020年代に起こったターゲティングのあり方の議論によって、パーソナライズの解釈も見直されるようになり、行動ベースのアルゴリズムから、偶発性・抽象度の高いアルゴリズムの介入も求められることになる
こうした技術変遷を前提に、従来のレコメンデーションのアルゴリズムは、消費者が欲しいものを「フィルタリングを介して絞っていくターゲティング」という側面が強かったのに対し、今後はより消費者の「趣味嗜好を広げていく拡散的ターゲティング」の重要性が話し合われました。
野口氏は「AIは”正しい意外性”を計算して出すことができるはず」とも述べています。人間が解釈しやすいアルゴリズムだけでは飽きが生じてくるため、意外性を生み出すアルゴリズムの開発が重要である、ということです。
偶発性のアルゴリズムとは?
話は偶発性のアルゴリズムとは何か、というテーマに移ります。特に「ユーザーはそもそも広すぎる偶発性を求めていないのではないか」という話で盛り上がりました。消費者が求める「快空間」は実はそこまで広くなく、人工知能が簡易的に計算し得る範囲でも十分に(消費者にとっての)偶発性を担保できるのではないか、というのが見解として挙げられています。
ここで、吉澤がセミナー冒頭に取り上げたawoo AIをピックアップします。awoo AIが生成するレコメンドは「商品の特徴」をハッシュタグ化させたものになります。例えば、一枚のTシャツでも「#白」「#コットン」「#吸水速乾」といった様々な特徴があり、タップしたハッシュタグによって、消費者の購買動機も異なります(例:#白をタップした人は白いTシャツが欲しい、#吸水速乾をタップした人はランニング用のシャツを探しているなど)。しかし、そのTシャツそのものに興味がある以上は、その商品がもつ「特徴」こそが「消費者が求める偶発性の範囲」であり、その範囲を超える偶発性は、その「モーメント」においては重要ではない、ということになるかもしれません。
もしそこに可変性があるとしたらオケージョンや天候、その人自身のライフイベントなどがトリガーとして考えられますが、それらは人工知能によって察知しきれない部分になります。そうした要素をもし組み込む場合は、「ユーザー自身がアルゴリズムを自ら変更できるような仕組み」が必要になりそうだ、という見解も出されました。つまり、その人専用のAIを作る必要がある、ということです。
AIはパーソナライゼーションとセレンディピティ、どちらにいくべきか?
最後に、人工知能は今後マーケティングにおいて、どのようなアルゴリズムを目指すべきなのか、ゲストの方とともにディスカッションを行いました。
ゲストの方々の総意として語られたのが、「パーソナライゼーションの中にセレンディピティが内包されている状態が望ましい」ということでした。
人間は合理的でもあり非合理的でもあり、時と場合によって全く違う答えを出す時もあります。自然界を人間がコントロールできないのと同じように、AIが100%人間をターゲティングすることは不可能です。そこで、「選択」させるということが重要になります。
これまでのレコメンデーションは、その選択の範囲が限定的でした。フィルタリングだけだと消費者にとっての飽きが生じるとともに、選択の幅が広がりません。AIによって、「消費者が望む範囲の偶発性」を含め、パターンを複数提示することができれば、セレンディピティを内包したパーソナライゼーションが実現していくものと思われます。