脳科学者 茂木健一郎氏は兼ねてからセレンディピティについて研究している。同じくセレンディピティによる消費体験(偶発性消費)の重要性を説くawoo Japan日本事業開発責任者の吉澤和之氏。意気投合した両氏の対談は、マーケティングというテーマを軸に、セレンディピティが誘発される仕組みや人工知能がどうそこに関わってくるか、といった話を中心に展開された。前編と後編の2回に分けて、対談の模様をお送りする。(インタビュアー:awoo Japan吉澤)
|インサイトの限界
吉澤 茂木さん、最近新著を出されましたよね?(『クオリアと人工意識』(講談社現代新書))なにかきっかけがあったんですか?
茂木 あの本はそもそも、人間と人工知能がいかに共存していくかというのをテーマにしてて。ここ最近の人工知能ブームでAI技術ってどんどん進化してますよね。それに人間の技量も今後向上するだろうし。そうなってくると、人間には何ができて、AIには何ができるのか、その辺の境目を一度整理しておく必要があると思ったんだよね。
吉澤 なるほど。そこで、人間がもつ特性としてクオリアの話が出てくるわけですね。
茂木 そうそう。(今回のテーマの)マーケティングの観点でいうとインサイトという言葉に近いかな。「どうしてこの人はこの商品を買ったのか」っていう、その購買動機を探るのってなかなかマイニングの技術だけだと難しいんだよね。おそらくそこがAIと人間の技量の境目としてポイントになってくると思うんです。業界的にはインサイトってどう捉えられてるの?
吉澤 インサイト自体は重要ですが、限界があるのも事実ですね。どれだけデータを集めてビッグデータ化しても、結局は過去の集積結果でしかないんです。類推することはできますが、人間の心理はとても複雑ですから、インサイトを的確に捉えることはやはり困難を極めます。逆に言えば、そのアルゴリズムの精度がAIテックカンパニーの勝敗を分けると思います。
茂木 awoo AIはそれを自然言語処理のアプローチで研究してるんだよね?
吉澤 はい、そうです。購買動機を特定していくためには、AIがデータに対して意味付けを行う必要があります。その精度を高めていくいことで、より人間と同じ解釈ができるようになります。インサイトの限界を超えられるかどうかは、その技量がまさにポイントになります。
茂木 インサイトって結局、人間とは何かという本質的な議論に落ちていくんだよね。思ったより深いテーマだと思うな。
吉澤 深いですね。マーケティングのメソッドだと、性別や年齢といったデモグラフィックなデータを使ってユーザーをセグメント分けすることが多いんですが、インサイトを獲得するには距離が遠すぎるんです。結局、価値観は人それぞれなので、もはやそのアプローチでは効かなくなっています。
|セグメンテーションからの脱却
茂木 確かに、セグメンテーションはともするとインサイトを邪魔するかもしれないよね。
吉澤 というのは?
茂木 以前TEDでネットフリックスのCEOのトークを聴いたんだけど、その内容がとても示唆的だったんだよね。彼らも最初は年齢や性別のようなセグメンテーションをしていたんだけど、ある時からやめたらしい。レコメンドのアルゴリズムに大幅な投資をして、
視聴されたコンテンツをベースにした独自のロジックに組み替えた結果、ユーザーにとって楽しく便利なコンテンツ探しの体験を提供できるようになった、と。僕自身ネットフリックスのヘビーユーザーだけど、確かに彼らのレコメンデーションってすごく優秀だと思う。
吉澤 つまりデモグラフィックの情報だけだと体験価値をあげられないということですね。
茂木 そうだね。あとはブランディングの観点もあると思う。私たちはジェンダーや年齢で区別しないですよっていう。ダイバーシティの視点からみると、そういうことも重要になるかもしれない。
吉澤 ダイバーシティに関しては、台湾でも、トランスジェンダー閣僚のオードリー・タンさんが現れたことで、クローズアップされています。
茂木 そこまで議論が及ぶ必要があるんだよね。だから奥が深い。
吉澤 セグメンテーションから脱却するためには、AIはどういった進化を遂げるべきだと思いますか?
茂木 人工知能には3つの段階があって、最初の段階がオラクル型。質問すると答えが返ってくるというもの。2つ目がジーニー型。ある課題を与えたとき、その目的を遂行するための手段はAIに任せられている状態。例えばパーティをやるときに、〜を買ってきてと指示するんじゃなくて、何の食材を買うかはすべてAIが決めてくれるというもの。3つ目はソヴァリン型といって、人工知能自身が目的を定めて自ら判断、選択して実行するタイプ。いま僕たちが手にしているAIは、まだオラクル型なんだよね。これがジーニー型に進化していくと、Eコマースのグランドデザインに影響するかもしれないね。
吉澤 ああ、なるほど。例えばAI自身がユーザーの好きそうなもの、似合いそうなものを勝手に選んでくれる、みたいなことですか?
茂木 そうそう。でもそこで、例えば過去の購入履歴とかに頼りすぎてしまうと、セレンディピティのような体験ってなかなか生まれにくいんだと思うんだよね。プレファレンス(相対的なブランド好意度)って過去の行動や態度である程度固定化されちゃうから。
吉澤 なるほど。確かに。