2021年8月10日、茂木健一郎×リテールトップマーケター勢によるトークライブ「NEXT ACTION of Marketers」をオンラインで開催しました。記念すべき第一回のテーマは「衝動買いの正体に迫る」です。非合理的な判断と思われる「衝動買い」は、店舗側の仕掛け(マーケティング)によるものなのか、はたまた人間の脳のドーパミン(脳科学)のせいなのか。脳科学者である茂木健一郎氏とリテールトップマーケター4名が「衝動買いの正体」について迫ります。
■開催概要
開催期日:2021年8月10日(火) 16:00-17:30
参加費:無料
視聴形式:zoomオンラインセミナー(事前登録制)
■出演者
・吉澤和之 awoo Japan 日本事業開発責任者 執行役員
・茂木健一郎 脳科学者(awoo Japan株式会社 特別アドバイザー )
・藤原尚也 アクティブ合同会社CEO
・矢嶋正明 株式会社ビームス 執行役員 コミュニティデザイン部 部長
・川添隆 Eコマース先生
・唐笠亮 株式会社パルコデジタルマーケティング コンサルティング一部 部長
・石井しおり 九州朝日放送及び北海道文化放送の元アナウンサー
動画をご覧になりたい方はこちら(https://www.awoo.ai/ja/archived_videos/next_action_of_marketers_vol01/)
コンテンツ
トークセッション:衝動買いの正体に迫る
衝動買い(セレンディピティ)はなぜ起きるのか?その理由を脳科学とマーケティング視点でひもとき、Eコマースでどう実現したら良いかを議論しました。
セレンディピティの三要素とは?
茂木氏によると、セレンディピティは「自分の世界観や自分自身を変化させる、新しい何かとの出会い」です。セレンディピティの三要素は、以下の通りです。
セレンディピティの三要素
- アクション(行動):お店に行く、ECサイトを見る
- アウェアネス(気付き):新しい商品・ブランドの世界観に感動し好奇心を抱くこと
- アクセプタンス(受容):新しい商品を購入し、新しい自分を受け入れること
この中でもっとも難しいのは、アクセプタンス(受容)です。
何か新しいものを買う時に、ためらいや戸惑いを覚え、「やっぱりやめておこうかな」と思う人は多いのではないでしょうか。新しいものを買うということは、新しい自分になるということです。販売員は、お客様のアクセプタンスを後押しする役目を担います。接客の際は、お客様が新しい自分を受け入れるスペースを与えるコミュニケーションが大切だ、と茂木氏は述べました。
脳が夢中になるのは、共通点が多いもの? 未知のもの?
茂木氏が「Eコマースにおけるセレンディピティは、恋愛過程に近い」と述べると、藤原氏から以下の質問が挙がりました。
Q:恋愛では、全く違うタイプの人、または共通点が多い人に惹かれる場合の二種類がありますよね。それをEコマースに置き換えると、どちらがLTVに良い影響を与えますか?(藤原氏)
茂木氏:脳科学的には偶有性(ぐうゆうせい)と言いますが、共通点と未知の部分の両方を兼ね備えたものに、脳は夢中になります。Eコマースに置き換えると、レコメンドでは過去の行動履歴の延長線上のもの(共通点が多いもの)を提供しているので、未知の部分をどう提供するかが重要になると考えられます。
川添氏:共通点と未知の領域のバランスは重要ですよね。レコメンドは統計学的に外れないというメリットはありますが、予想を上回らない分、驚きやドキドキ感は少ないかもしれません。未知の領域のドキドキ感を、マーケティングでどう演出するか? 唐笠様のご意見もお聞きしたいです。
唐笠氏:店頭では割と簡単ですよね。お客様の目的や着用シーン、いま着てる服、最初に手に取った商品、会話などから「今着ているテイストとは異なりますが、こちらもお似合いになるのでは」といった後押しや盛り上がりを演出できます。Eコマースで実現するには、顧客理解が重要だと思います。それは、過去に何を買ったかではなく、本当の興味関心やその人のセンスがどこにあるのか? を理解することだと考えられます。
タイミングもとても難しいですよね。昨日まで良いと思っていたものが、今日はもういらないと思ってしまうとか、往々にしてありますよね。顧客理解とタイミングは課題です。
茂木氏:タイミングは、脳科学でいうとウィンドウの問題ですね。受け取る側に、情報が入る準備ができているかどうか。来店またはサイトに訪問した時点で、実はウィンドウは開いているんです。あとはその瞬間のインサイトをどう察知するか、というのが重要ですね。
衝動買いを誘引する? 「ハッシュタグ」の可能性
次に、ECサイト上で衝動買いを促す仕組みについて議論しました。吉澤氏は、awoo AIやSNSで使われている「ハッシュタグ」がサイト内を回遊する仕掛けとして有用では? と提案。「カテゴリ検索やキーワード検索に比べて、よりニッチな潜在ニーズを引き起こすという点で、衝動買いのヒントになるのでは」とし、ゲストに意見を求めました。
藤原氏:ハッシュタグは、ある意味その人らしさや内面的な部分を言葉に置き換えているように思います。「こういう人に見てもらいたい」という気持ちをハッシュタグに置き換えて、繋がりを求めるのではないでしょうか。ハッシュタグは、顕在化した悩みや課題を能動的に検索する行動とは異なりますよね。
矢嶋氏:BEAMSのサイトではハッシュタグを導入しています。ECサイトでは、商品カテゴリや価格・性別で絞り込むという機能がありますよね。ハッシュタグは、通常のカテゴリに無いような「着用シーン」「ライフスタイル」をイメージするような言葉を切り口に作っていいます。具体的には、「アウトドアルック」「キャンプ」「サーフィンテイスト」などです。
唐笠氏:パルコでも同じような感じでハッシュタグを使っています。ハッシュタグは、ユーザーの内面や情緒に訴えかけるという点では、検索よりも優位性が高いと思います。セレンディピティを演出し、システマチックではない回遊につながるのではないでしょうか。
茂木氏:ECサイトでは、「サイトに訪れている人々の間に、コミュニティ感が今ひとつ感じられない」ということが問題点だと思うんですよね。「どのタイプの人が、どんな商品を選んだのか」といった世界観を共有できる仕組みがあると、購買行動は深まると思うんです。それを仲立ちする方法の1つがハッシュタグなんだろうなと思います。
衝動買いのメカニズムとは?
衝動買いをするとき、脳でどのようなことが起きているのでしょうか?このトピックでは、「衝動買いに失敗し、後悔する」というシチュエーションをベースに、衝動買いのメカニズムについて議論しました。
茂木氏によると、まず感情が「欲しい」と結論を出すそうです。感情が出した結論に対し、理性が「お金がかかるし、使わないかもしれない」と反発します。感情と理性のせめぎ合いです。理性が感情を正当化(理由付け)することもあれば、時には後悔することもあると説明しました。
Q:衝動買いに失敗すると「二度ともうそのお店では買わない」と学習して、衝動買いしなくなってしまうのでしょうか?(藤原氏)
茂木氏:ファッションは、身体と非常に結びつきが強いものです。衝動買い失敗すると、そのブランド(または店舗)をたった一回で拒絶してしまうこともあります。店舗側にとっても大きなリスクですよね。一方で「あの時買って良かったな」という衝動買いを起こすことができれば、そのお店にとって素晴らしいロイヤリティになります。店舗側の指標としては、継続率や返品率が重要なヒントになりそうです。
ゲストから茂木さんへの質問
Q:衝動買いを後悔させないために、どうしたら良いのでしょうか?(矢嶋氏)
茂木氏:衝動買いに失敗した時の保険として、返品ポリシーとセカンドマーケットの存在が重要です。「簡単に返品(解約)できる」「失敗してもフリマアプリで売れる」というシステムがあれば、安心して衝動買いできます。
藤原氏:私も、紳士服なら「他社製品でも下取りOK」、化粧品なら「60日間返金保証」という訴求をしていました。安全を求める理性の部分をカバーしているのかもしれませんね。
Q:家電量販店での出来事です。商品がたくさん並んでいるのですが、どれが良いのか分からなくて結局何も買えませんでした。僕の脳で何が起きているのでしょうか?(唐笠氏)
茂木氏:「フリージング」です。選択肢が多すぎると情報がオーバーフローして、停止しちゃうんです。そういう時はヘタに動くと危険なので、一旦停止するんです。
唐笠氏:危険なんですね(笑)。パルコ店内でフリージングするお客様もいらっしゃると思います。どう解消したら良いのでしょうか?
茂木氏:人には、それぞれ「コンフォートゾーン」が存在します。これまでのライフスタイルや習慣のなかで扱える範囲内のものが「コンフォートゾーン」で、「肌着ならアンダーアーマー」といったこだわりもその一つです。マーケティング的に、お客様のコンフォートゾーンを刺激する「私らしい服」という訴求が良いと思います。
しかし、一方でコンフォートゾーンの中だけで消費者が動いているとマーケットは広がりません。コンフォートゾーンの外側の商品と出会わせたい時は、例えば「裸足よりも気持ち良い革靴」といったメッセージのように、商品の本質をお伝えするのが重要なポイントではないでしょうか。
Q:ライブコマースは、衝動買いを促進する一つの方法だと思います。日本で普及が進まない理由は何でしょうか? また、成果を出すにはユーザーに対してどのような働きかけが必要でしょうか?(視聴者)
藤原氏:我々もライブコマースを実施していますが、テレビショッピングに比べると、伝える側のノウハウが煮詰まっていないと感じます。今はまだ過渡期ですが、これからどんどん良くなって行くのではないでしょうか。
川添氏:中国と日本では、産業の習熟スピードが異なるという印象です。中国では、ライブコマースやチャットコマースはかなり前から取り入れられていますよね。新しいショッピング体験に対して、ユーザーもすぐに許容します。一方、日本の商習慣やEコマースは、新しいものが定着するのに時間がかかるので、時間が必要なのではないでしょうか。
矢嶋氏:BEAMSの店内で、中国の方に中国人向けのライブコマースをしていただいたことがあります。閲覧しているお客様からのコメント量が非常に多く、日本のBEAMSにいるくらいの感覚になっていたように感じました。日本と中国の文化の違いもあると思いますが、日本の消費者はまだそこに至っていないように思います。ライブコマースでお店にいるような感覚になっていただければ、購入も促進されると思います。
Wrap-up
最後のWrap-upでは、本セッションのまとめと、登壇者が感想を語りました。
「脳科学における、衝動買いの正体とは?」という問いに対し、茂木氏は「経済における『バブル』と同様、ある種の学習過程」と答えました。
衝動買いを経て、店舗やブランドに定着する場合もあれば、後悔して離れてしまうこともあります。人の心にバブルを起こし、夢を抱かせ、衝動買いの「過程」を楽しむーーー衝動買いは決して悪いものではないと述べました。
最後に、茂木氏は「日本は商習慣において、さまざまな可能性を秘めている。Eコマースでも新しいイノベーションが生まれることを期待している」と締めくくりました。
藤原氏:衝動買いの根本に感情があり、後付けとして理性があるとすれば、滞在時間やページ閲覧回数等でお客様の欲しいという気持ちを察知し、Web接客やチャットで理性をサポートして購入に至らせ、購入後に後悔させないために返品・交換ポリシーを提供する。この一連の流れは、Eコマースでも実践可能だと思いました。
川添氏:僕自身、これまでお買い物=課題解決プロセスだと考えていたのですが、買い物体験はそれ自体が一つの学習体験であり、その体験の過程を楽しむものだという茂木先生の言葉にすごく納得しました。
唐傘氏:とても勉強になりました。自分たちがどういうお客様のコンフォートゾーンにいるのかを含め、Eコマースにおけるセレンディピティの演出方法を今後も考えていきます。
矢嶋氏:お客様の感情に訴えかけると同時に、安心して買っていただけるよう返品ポリシーをきちんとを伝えることが必要だと思いました。茂木先生の言葉の中で、「ECはコミュニテイ感が無い」という指摘も胸に刺さりました。オンライン・オフラインの両方でBEAMSの世界観や価値をしっかり伝え、ワクワクするようなコミュニティを築いていきたいと思います。